「赤字でも倒産しない」vs「黒字なのに倒産する」キャッシュフロー経営の真髄

毎月の資金繰りに頭を悩ませ、『今月の支払いは大丈夫だろうか…』と夜も眠れない思いをしていませんか？

決算書では黒字なのに、なぜか手元にお金が残らない。一方で、赤字でも安定して事業を続けている会社もある。
この違いは一体何なのでしょうか。

実は、企業の生死を分けるのは「利益」ではなく「キャッシュフロー」です。

この記事では、「なぜ黒字でも倒産するのか」という根本的な仕組みから、「自社のキャッシュフローを健全化する5つの実践ステップ」まで、元銀行員の視点で具体的にお伝えします。

読み終える頃には、あなたは資金繰りに振り回されることなく、戦略的な経営判断ができるようになっているはずです。

🛡️この記事の監修者（運営会社・税理士による共同監修）

なぜ「黒字なのに倒産」は起こるのか？元銀行員が見た厳しい現実

利益と現金の致命的な「ズレ」とは？

企業の会計には「発生主義」というルールがあります。
これは、商品やサービスを提供した時点で「売上（利益）」が計上される、という考え方です。

しかし、その代金があなたの会社の通帳に振り込まれるのは、いつでしょうか。
多くの場合、1ヶ月後、あるいは2ヶ月以上先ですよね。

ここに、致命的な「ズレ」が生まれます。

帳簿の上では、あなたの会社は儲かっている。
しかし、あなたの手元には、社員の給料や仕入代金を支払うための現金がない。

この「利益はあるが、現金はない」状態こそが、黒字倒産の根本的な原因なのです。
まるで、栄養満点の食事を眺めているだけで、実際に食べることができずに衰弱していくようなものです。

このズレを、視覚的に見てみましょう。

      【利益】                             【現金】
        (+)                                  (-)
         |                                    |
  1月: 売上100万円計上                        |
         |                                    |
  2月:                                        |
         |                                    |
  3月:                                     入金100万円
         |                                    |
  ～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～
      ▲                                      ▲
      |                                      |
  利益はここにあるのに、現金は2ヶ月も先…

このシーソーの傾きが大きくなればなるほど、あなたの会社の資金繰りは危険な状態に近づいていきます。

黒字倒産を引き起こす典型的な3つの罠

銀行員時代、私はこの「罠」にはまり、苦しむ経営者を数多く見てきました。
これは、決して他人事ではありません。

1. 売掛金の回収遅延・貸し倒れ

「申し訳ありません、支払いを少し待っていただけませんか…」
主要な取引先からの、一本の電話。

その瞬間、あなたの背筋を冷たい汗が伝うのがわかるはずです。
信頼していた取引先の経営悪化は、あなたの会社の血液の流れを突然止めてしまう劇薬になり得ます。

2. 過剰な在庫投資

「これは絶対に売れる」。
その確信が、時として命取りになります。

売上予測を誤り、仕入れた商品が倉庫に山積みになっていく。
それはもはや商品ではなく、「現金に変わらない、ただのモノ」です。
特に、急成長している企業ほど、この罠に陥りやすい傾向があります。

3. 大規模な設備投資

将来の成長を見越した、夢のある投資。
しかし、その返済計画は本当に現実的ですか？

「これくらい売れるだろう」という希望的観測に基づいた投資は、毎月、容赦なくあなたの会社の口座から現金を奪っていきます。
それはまるで、ゆっくりと首を絞められるような息苦しさを伴います。

黒字倒産については「知らないと危険！黒字倒産を引き起こす5つの原因と予防対策」の記事でも詳しく解説しています。

なぜ「赤字でも倒産しない」企業が存在するのか？

「キャッシュこそが企業の血液」である理由

一方で、決算書が真っ赤でも、力強く事業を続けている企業も存在します。
なぜでしょうか。

企業にとって赤字は、いわば「出血」している状態です。
しかし、人間が出血してもすぐには死なないのと同じで、企業もすぐには倒産しません。

なぜなら、輸血や体力があれば乗り切れるからです。

• 輸血 ＝ 金融機関からの融資
• 体力 ＝ これまで蓄積してきた手元資金（内部留保）

たとえ赤字で出血していても、外部から血液（キャッシュ）を輸血してもらったり、もともとの体力（手元資金）が十分にあったりすれば、事業は継続できるのです。

資金繰りを支える3つの生命線

赤字でも事業を継続できる企業は、これらの生命線を確保しています。

1. 潤沢な手元資金（内部留保）

過去の利益の蓄積は、短期的な赤字を吸収するクッションになります。
これは、いざという時のための「企業の体力」そのものです。

2. 金融機関からの融資

私たち銀行員は、赤字という事実だけで融資を断ることはありません。
重要なのは「なぜ赤字なのか」その理由です。
将来のための先行投資など、未来のキャッシュを生み出すための「前向きな赤字」であれば、事業の将来性を評価し、融資を判断します。

3. 資産の現金化

使っていない土地や建物（遊休資産）の売却や、本業以外の収益（賃貸収入など）が、苦しい時期の資金繰りを支えるケースもあります。
これは、最後の砦とも言える生命線です。

【実践編】自社のキャッシュフローを健全化する5つのステップ

さあ、ここからはあなたが主人公です。
難しい話は一旦忘れ、自社の血液の流れを良くするための「健康診断」と「体質改善」を始めましょう。

ステップ1：まずはお金の流れを「見える化」する

最初のステップは、自社の「お金の健康診断」です。
「資金繰り表」を作成し、「いつ、いくら入ってきて、いつ、いくら出ていくのか」を把握することから始めましょう。

■■■ 簡易資金繰り表テンプレート ■■■

| 項目           | 先月繰越 | 4月 | 5月 | 6月 |
|----------------|----------|-----|-----|-----|
| **収入（入金）** |          |     |     |     |
| 売上A社        |          | 100 | 100 | 100 |
| 売上B社        |          | 50  | 50  | 50  |
| ...            |          |     |     |     |
| **収入合計(A)**  |          | 150 | 150 | 150 |
|----------------|----------|-----|-----|-----|
| **支出（出金）** |          |     |     |     |
| 仕入C社        |          | 80  | 80  | 80  |
| 給与           |          | 30  | 30  | 30  |
| 家賃           |          | 20  | 20  | 20  |
| ...            |          |     |     |     |
| **支出合計(B)**  |          | 130 | 130 | 130 |
|----------------|----------|-----|-----|-----|
| **差引過不足(A-B)** |        | 20  | 20  | 20  |
| **月末残高**     | 100      | 120 | 140 | 160 |

この数字を埋めることで、あなたは初めて、自社の血液の流れを客観的に見ることができます。

ステップ2：自社の「運転資金」を正確に把握する

次に、あなたの会社が事業を回していくために「常に必要な血液の量」を計算します。
これが「運転資金」です。

運転資金 = 売上債権（売掛金など） + 棚卸資産（在庫） – 仕入債務（買掛金など）

この計算式が、あなたの会社が常にプールしておくべき現金の目安を教えてくれます。

ステップ3：入金サイクルを改善する（売掛金管理）

血液の流れを速くするため、入金を早める工夫をしましょう。

• 取引先と交渉し、支払サイトを短縮してもらう。
• 請求書の発行を月末締めの翌日一番に行うなど、社内プロセスを見直す。
• 最終手段として、売掛金を買い取ってもらう「ファクタリング」も選択肢ですが、手数料やデメリットも理解した上で慎重に検討しましょう。

ステップ4：支払いサイクルを最適化する（買掛金管理）

一方で、出ていく血液の量をコントロールすることも重要です。
仕入先との信頼関係を損なわない範囲で、支払サイトを長くしてもらう交渉も有効な手段です。

ステップ5：金融機関と良好な関係を築くための「3つの鉄則」

元銀行員の私から、いざという時にスムーズに「輸血」を受けるための秘訣をお伝えします。

1. 定期的な情報提供

試算表や事業計画を定期的に銀行へ持参してください。
会社の健康状態をオープンにすることが、信頼の第一歩です。

2. 具体的な言葉で語る

「頑張ります」という情熱だけでなく、「この事業に投資すれば、1年後にはこれだけのキャッシュが生まれます」と、数字を交えて未来を語ってください。

3. 早めの相談

これが最も重要です。
雨が土砂降りになってから「傘を貸してください」と駆け込むのではなく、「空が曇ってきたので、傘をお借りできませんか」と、予測できた段階で相談に来てください。
私たちは、その勇気と先見性を高く評価します。

よくある質問（FAQ）

Q: キャッシュフロー計算書は税理士に任せきりでも良いですか？

A: 自分の健康診断書を医者に任せきりにしますか？
作成は専門家に依頼しても、その数字が何を意味するのか、経営者であるあなたが理解することが、的確な経営判断の第一歩です。

Q: 中小企業として、手元資金はどれくらいあれば安心ですか？

A: 多くの専門家は「月商の2〜3ヶ月分」を目安としますが、これはあくまで一般的な指標です。
重要なのは、ステップ2で計算した自社に本当に必要な「運転資金」を把握し、それをベースに目標額を設定することです。

Q: 赤字決算だと、銀行からの融資は絶対に受けられないのでしょうか？

A: そんなことはありません。
私たちは赤字の「理由」を重視します。
将来のための先行投資といった「前向きな赤字」のストーリーを、具体的な事業計画と共に語ることができれば、融資の可能性は十分にあります。

Q: 資金繰りが悪化する前に気づける「危険信号」はありますか？

A: はい、あります。
「売掛金の回収が遅れがちになる」「在庫が目に見えて増えている」「支払いのために短期の借入を繰り返している」といった兆候が見られたら、すぐに資金繰り表を見直してください。

Q: 資金繰り改善のために、まず何から手をつければ良いですか？

A: まずは「資金繰り表の作成」から始めてください。
現状のお金の流れを正確に把握することが、全ての改善策のスタート地点になります。

まとめ

ここまでお読みいただき、ありがとうございます。

「黒字倒産」と「赤字存続」。
この一見矛盾した現象の裏には、「利益は意見、キャッシュは事実」という、経営の厳しい現実があります。

決算書の利益だけを見て一喜一憂するのではなく、会社に流れる血液である「キャッシュ」の流れを常に意識すること。
これこそが、変化の激しい時代を乗り越えるための「キャッシュフロー経営」の真髄です。

キャッシュの流れを正しく把握し、コントロールすることが、企業の持続的な成長と安定の礎となるはずです。

もし、具体的な進め方でお困りの際は、一人で抱え込まないでください。
私の地元である埼玉県の経営者の方であれば、県の制度融資など、地域に根差したサポートも活用できます。
お近くの商工会議所や、信頼できる専門家へ、ぜひお気軽にご相談ください。

あなたの会社の血液が、力強く未来へと流れ続けることを、心から願っています。