従業員の給与を前払いできるサービスとは？福利厚生と資金繰りを両立する新しい選択肢

「優秀な人材を採用したいが、福利厚生の充実は資金繰りを圧迫する…」

銀行員時代、このジレンマで眠れない夜を過ごす経営者の方を数多く見てきました。社員の生活を守りたいという熱い想いと、通帳の残高という冷たい現実。その間で心がすり減る感覚、痛いほどお察しします。

「でも、うちのキャッシュフローで本当に導入できるのか？」という不安がよぎりますよね。

この記事を読めば、その不安は確信に変わります。元銀行員の視点から、あなたの会社の資金繰りを圧迫せずに、採用応募が絶えない「選ばれる会社」になるための具体的な方法が全てわかります。

【この記事の結論】給与前払いサービス導入で知るべきポイント

項目	内容
サービス概要	従業員が「すでに働いた分」の給与を給料日前に受け取れる福利厚生サービス。ヤミ金業者が行う「給与ファクタリング」とは全く異なる合法的な仕組みです。
主なメリット	求人応募の増加（採用力強化）、従業員の定着率・満足度向上、経理業務の負担軽減などが期待できます。
注意すべき点	システム利用料などのコストが発生します。また、前払い額算出のために正確な勤怠管理が必須となります。
資金繰りへの影響	「立替型」は月中の資金負担がないが手数料は高め。「デポジット型」は手数料が安いが、事前に資金を預けるため運転資金の確保が必要です。

🛡️この記事の監修者（運営会社・税理士による共同監修）

【基本解説】給与前払いサービスとは？仕組みを分かりやすく

まずは基本から押さえましょう。
このサービスの仕組みを正しく理解することが、安心して導入するための第一歩です。

そもそも給与前払いとは？労働基準法上の位置づけ

給与の前払い自体は、決して新しい概念ではありません。

労働基準法第25条には、従業員が出産、病気、災害などの「非常の場合」に、すでに働いた分の給与を請求できる権利（非常時払い）が定められています。

今回解説する給与前払いサービスは、この考え方を福利厚生として発展させたものです。
従業員が、すでに行った労働の対価として確定している給与を、給料日前に受け取れるようにする仕組みです。

未来の給与を貸し付ける「前借り」とは全く異なり、法律を正しく理解し、適切に設計されたサービスであれば、安心して導入できます。

給与前払いサービスの2つの主要な仕組み：「立替型」と「デポジット型」

サービスの仕組みは、大きく分けて2種類あります。
この違いが、後ほど解説するキャッシュフローへの影響に直結する、非常に重要なポイントです。

どちらが良い、悪いという話ではありません。
あなたの会社の「血液」であるキャッシュの状況によって、最適な選択肢は変わってきます。

「給与ファクタリング」との決定的な違い

ここで、絶対に混同してはならないサービスがあります。
それは「給与ファクタリング」です。

これは、個人が将来受け取る予定の「給与債権」を業者に売って、手数料を引かれた現金を受け取るというもの。
実態は高金利の貸付（ヤミ金）であることが多く、金融庁も注意喚起を行っています。

【経営者必見】給与前払いサービス導入のメリット・デメリット

どんな制度にも、光と影があります。
両方を正しく理解し、冷静に判断することが重要です。

企業側の4つのメリット

1. 採用力強化と定着率の向上

求人情報に「給与前払いOK」「日払い対応可」と記載できるインパクトは絶大です。
特に若年層や非正規雇用の人材確保において、日払いや週払いのニーズは根強く、他社との明確な差別化要因になります。

急な出費に怯えることなく働ける安心感は、従業員の定着率を高め、採用コストの削減にも繋がります。

2. 従業員満足度（ES）の向上

「いざという時に頼れる制度がある」という事実は、従業員にとって大きな安心材料です。
会社が自分たちの生活を気にかけてくれている、というメッセージにもなり、エンゲージメントを高める効果が期待できます。

3. 経理業務の負担軽減

これまで個別の「前借り」依頼に、その都度対応していた経理担当者の姿が目に浮かびます。
サービスを導入すれば、申請から振込までがシステム化され、担当者の負担を劇的に減らすことができます。

4. 健全な財務意識の醸成

従業員が、急な出費のために安易に消費者金融などに頼るリスクを低減できます。
これは、従業員の生活を守ると同時に、企業のコンプライアンスリスクを管理する上でも重要な意味を持ちます。

企業側が注意すべき3つのデメリット

1. コストの発生（システム利用料・手数料）

当然ながら、サービスの利用にはコストがかかります。
初期導入費用や月額のシステム利用料、そして従業員が利用する都度発生する手数料など、料金体系は様々です。

2. 勤怠管理の正確性が求められる

前払いできるのは、あくまで「すでに働いた分」です。
そのため、前払い額を正確に算出するには、リアルタイムで正確な勤怠データが不可欠になります。
既存の勤怠管理システムとスムーズに連携できるかは、必ず確認すべき生命線です。

3. 従業員の資金計画への影響

手軽に利用できる反面、安易な利用が従業員の計画的な資金管理を妨げる可能性もゼロではありません。
導入時には、制度の趣旨や計画的な利用を促すための丁寧な周知が求められます。

【資金繰りのプロが解説】給与前払いサービスがキャッシュフローに与える影響

さて、ここからが本題です。
銀行の審査担当として、私が最も重視してきた「キャッシュフロー」の視点から、このサービスを解剖していきましょう。

会社の血液であるキャッシュの流れが、どう変わるのか。
その脈動を感じてください。

「立替型」のキャッシュフロー：資金繰りの負担が少ないが手数料に注意

立替型は、サービス会社があなたの会社の代わりに、従業員へ給与を支払ってくれます。
つまり、あなたの会社の金庫からキャッシュが出ていくのは、本来の給与日だけです。

これは、手元の運転資金に余裕がない企業にとって、非常に大きなメリットと言えるでしょう。
月中のキャッシュアウトを増やすことなく、制度を導入できます。

しかし、銀行員としての視点を加えるなら、注意すべき点があります。
それは「手数料」という名の、見えにくいコストです。

利用されるほどに手数料は膨らみ、それは変動費として利益を圧迫します。
銀行融資の審査では、こうした固定費以外のコストの動きも厳しく見られます。
立替型は、キャッシュフローの痛みは少ないですが、じわじわと体力を奪う出血になる可能性を、事前にシミュレーションしておくべきです。

「デポジット型」のキャッシュフロー：手数料は安いが、運転資金の確保が必要

一方、デポジット型は、あなたが事前に前払い用の資金をサービス会社に預けます。
これは、月中のキャッシュアウトが確実に発生することを意味します。

例えば、前払い資金として100万円を預託した場合、その瞬間にあなたの会社の通帳から100万円が消えます。
もちろん、会計上は「預け金」として資産に計上されます。

しかし、思い出してください。
キャッシュは、企業の血液です。
会計上の資産であっても、自由に動かせないお金は、実質的に運転資金が拘束されているのと同じです。
月間の利用予測額を算出し、事業計画上のキャッシュフローと照らし合わせて、無理のない範囲で預託金額を設定することが、何よりも肝心です。

【実践シミュレーション】従業員50名の企業におけるキャッシュフロー比較

言葉だけでは、体温は伝わりません。
具体的な数字で、その違いを体感してみましょう。

＜前提条件＞

• 従業員数：50名（全員アルバイト）
• 平均時給：1,200円
• 月間平均労働時間：80時間/人
• 前払い利用率：30%（15名が利用）
• 平均利用額：月間給与の半分（48,000円）を利用

▼ 1ヶ月のキャッシュフロー比較

項目	立替型（手数料6%）	デポジット型（手数料3%）
月中のキャッシュアウト	0円	-720,000円 (※1)
企業負担コスト	43,200円 (※2)	21,600円 (※3)
給与日のキャッシュアウト	-720,000円	0円 (デポジットから充当)
手元資金への影響	月中の影響なし	一時的に72万円減少
コスト総額	43,200円	21,600円

(※1) 15名 × 48,000円 = 720,000円（デポジットとして預ける金額）
(※2) 720,000円 × 6% = 43,200円（従業員負担の場合も多いが、ここでは企業負担で計算）
(※3) 720,000円 × 3% = 21,600円

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いかがでしょうか。
この表から、あなたの会社の通帳の動きが、リアルに想像できませんか？

• 立替型は、月中の資金繰りは楽ですが、コストは2倍かかります。
• デポジット型は、コストは半分ですが、月中に72万円の資金を先に用意しておく必要があります。

あなたの会社は、どちらのリスクを取りますか？
このシミュレーションが、その判断の一助となれば幸いです。

【失敗しない】自社に最適な給与前払いサービスの選び方 5つのポイント

では最後に、数あるサービスの中から、あなたの会社にとって最高のパートナーを見つけるための5つの羅針盤をお渡しします。

1. 支払い方式はどちらか？（立替型 vs デポジット型）

もうお分かりですね。
これが最初の、そして最も重要な分岐点です。
先ほどのシミュレーションを参考に、自社のキャッシュフローの体力と相談してください。
見栄を張る必要は一切ありません。

2. 料金体系は明確か？（初期費用・月額費用・手数料）

コストは、企業の血液を少しずつ奪っていくものです。
「手数料が安いと思ったら、月額費用が高かった…」では意味がありません。
企業が負担する分、従業員が負担する分を明確に分け、支払うことになるトータルコストで比較検討しましょう。

3. 既存の勤怠管理システムと連携できるか？

これは業務効率の生命線です。
CSVでの連携なのか、よりスムーズなAPI連携が可能なのか。
もし手作業でのデータ入力が必要になるなら、その導入は「改善」ではなく「改悪」です。
担当者の手間が増え、入力ミスが起きる未来しか見えません。

4. 従業員の利便性は高いか？（申請方法・振込スピード）

導入するのは、従業員のためです。
スマホアプリで、誰でも直感的に申請できるか。
申請してから、どれくらいのスピードで振り込まれるのか。
「24時間365日対応」かどうかも、夜勤のある業種などでは重要なポイントになります。

5. サポート体制は充実しているか？

新しいシステムの導入には、トラブルがつきものです。
導入時の設定でつまずいた時。
給与計算の締め日に、連携エラーが起きた時。
そんな「いざという時」に、すぐに相談できる窓口があるか。
企業の担当者向け、そして従業員向けの双方のサポート体制を確認しておきましょう。

よくある質問（FAQ）

Q: 給与前払いサービスの導入は違法になりませんか？

A: 適切に設計された給与前払いサービスは、労働基準法に準拠しており違法ではありません。ただし、働いた実績のない未来の給与を支払う「前借り」は労働基準法第17条で禁止されています。また、手数料などを給与から天引きする場合は、労使協定の締結が必要です。信頼できるサービス提供会社を選ぶことが重要です。

Q: 前払いされた給与の費用は、誰が負担するのですか？

A: サービスには「立替型」と「デポジット型（自社払い型）」があります。「立替型」はサービス提供会社が一時的に立て替え、給与日に企業が精算します。「デポジット型」は企業が事前に資金をサービス提供会社に預け、そこから支払われます。どちらの方式でも、最終的な給与の原資は企業が負担します。

Q: 従業員が利用する際の手数料は経費になりますか？

A: 従業員が負担するシステム利用料や振込手数料は、給与から控除されるのが一般的であり、企業の経費（損金）にはなりません。企業が手数料を負担する場合は、福利厚生費として計上できる可能性がありますが、税理士などの専門家にご確認ください。

Q: 導入にあたって就業規則の変更は必要ですか？

A: 給与前払い制度を福利厚生として正式に導入する場合、賃金に関する事項となるため、就業規則の変更（賃金規程の改定など）が推奨されます。また、手数料を給与から控除する場合は、労使協定の締結が必須となります。導入前に社会保険労務士にご相談ください。

Q: どんな業種での導入が多いですか？

A: アルバイトやパート従業員の比率が高い、飲食、小売、人材派遣、物流、介護といった業界での導入が特に進んでいます。日払いや週払いのニーズが高いこれらの業界では、人材確保の有効な手段として活用されています。

まとめ

ここまで、元銀行員の視点から、給与前払いサービスが中小企業の「福利厚生」と「資金繰り」をいかに両立させるかを解説してきました。

あなたの心に、どんな言葉が残ったでしょうか。

重要なのは、自社のキャッシュフローという血液の流れを正確に把握し、「立替型」と「デポジット型」の特性を深く理解した上で、最適なサービスを選択することです。

この記事でご紹介した5つの選定ポイントを羅針盤に、ぜひ貴社の新たな一手として、導入をご検討ください。